パールイズミのコールドブラック レッグカバー




日焼け防止とカモガヤに触れるとアレルギーで
かゆくなってしまうのを防止するために購入した。
Mサイズ。

風を通すので涼しい時もあるが、やはり暑い。
ガーターベルトみたいに付け根まであるのは長い。
膝上くらいの長さでいいのに。


天気は晴のち曇。行きは追い風。

今年は脛毛をクリームで除毛してみた。
割とチクチクする。見た目はブロイラーみたいであまり美しくない。
レッグカバーを買ったのであまり意味はなくなったかも。


今日は多くのロードバイクとすれ違う。
週末は雨の予報だから、みんな今日の内に走ったのかな。


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[ 2013/05/31 22:54 ] 自転車 | TB(0) | CM(0)

映画 『イップ・マン 序章』




allcinema 『イップ・マン 序章』


詠春拳の達人、イップ・マン。
争い事を避け、家族と穏やかに暮らしていたが、
日中戦争が始まり激動の時代に翻弄される。

日本軍の空手家たちと戦い、友人の綿花工場を野盗から守り、
驚異的な強さで敵をバッタバッタとなぎ倒す。


拳法の達人で人格者だけど、案外ブチ切れてやりすぎちゃうんだよな。


[ 2013/05/29 22:39 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

本 浜井浩一 『罪を犯した人を排除しないイタリアの挑戦』




バザーリア法とは:
 1978年に公布された精神科病院廃絶法で、精神病院の中で投薬や
 電気ショック療法を受けるだけだった精神障碍者を、地域の精神保健サービスを
 充実させることにより社会で普通に生活できるようにした。
 
 この法をモデルとして、イタリアでは犯罪者等を社会復帰させるために、司法、行政、医療の
 縦割りを排し、施設収容からの解放と官民の横のネットワークで自立支援をすることを
 基本としている。

・日本の刑務所の中に高齢者や障害者が増えているという問題は、罪を犯した人をモラルの
 問題として、個人の問題に還元してしまい、彼らを社会的に排除することで問題を解決しようと
 するのか、それとも、罪の背後にある社会的な問題に目を向け、罪を犯した人を支援し、
 罪を犯さざるを得ない状態から救い出すことで問題を解決しようとするか、という社会の
 姿勢の違いが表れている問題である。

・イタリアの犯罪者処遇の特長は、行政の中に、犯罪が司法の問題ではなく社会問題であり、
 市民が社会的困難を抱えることによって犯罪が生まれるという認識を共有しているところにある。
 そして、それに対処するためには、彼らの抱える社会的困難を解決することが必要であること、
 そのためには様々な支援が必要であるという認識が共有されている。これは、憲法27条によって
 刑罰の目的が更生にあると位置づけられていることも大きく影響している。

・(イタリアでの精神障碍者向けの)グループホームの運営には2つの難しさがある。
 1つは近隣との関係、つまりコミュニティ(地域社会)の精神障碍者に対する偏見を
 取り除く努力が不可欠であり、今回訪問した女性用のグループホームの場合、近隣からの
 苦情が多く、何度も話し合いが持たれている。
 
 もう1つは、グループホーム内での連帯感の持ち方である。連帯感は、治療に必要な
 要素であるが、同時にクライアント同士が連帯感から規則違反を隠し合う傾向もある。

・イタリアの精神保健の特長は、精神保健サービスが全て無償で、無駄な投薬は行わず、
 時間をかけて治療を行う。治療目的が社会復帰にあり、医療、教育と福祉が総合的に
 実施されている。
 治療では精神科医、看護師、臨床心理士、指導員の横の連携がとれている。

・イタリアでは、他の犯罪行為や売買が伴わない限り、大麻といったソフトドラッグだけでなく、
 コカイン、覚醒剤(メタアンフェタミン等)、ヘロインなどのハードドラッグの単純使用も
 非犯罪化され、刑罰ではなく支援(薬物依存からの回復)の対象へとその扱いが変わっている。
 
 (中略)ただし、こうしたヘロイン、コカインといったハードドラッグの自己使用の非犯罪化や、
 刑罰の対象となる薬物所持量の引上げには、その背景として単に薬物依存に対する考え方の
 変化というよりも、2006年に実施された大規模恩赦(減刑・免除)と同様に検察官の業務量の
 軽減や刑務所の過剰収容の緩和といった目的があったことも指摘しておかなくてはならない。

・これはすべての治療共同体に共通の内容であったが、どの施設も住宅地に設置されているため、
 社会協同組合の支援対象に薬物依存者や受刑者を含めることに反対はなかったのかと聞くと、
 カトリック教会の伝統もあり、彼らを救い出すことに表立った反対は起こりにくいとの回答であった。
 また、住宅地に薬物依存者のデイケアセンターを作ることにも、最初は多少の抵抗はあっても、
 薬物依存者を路上に放置せず、きちんと教育していることや、特に大きな問題を起こさないことが
 理解されると次第に地域になじんでいくとのことであった。

・パウザ・カフェの活動は、ビジネスとしても成功することで、そこで働く受刑者や元受刑者に対して
 単なる雇用以上のもの、すなわち働くことへのプライドや社会の役に立っているという経験を
 与えているのである。ここで働く受刑者は、顧客から直接感謝されたり、自分たちの作った製品が
 評価されたりする体験を通して、自尊感情を高め、また、社会に対しても質の高い商品を提供することで、
 市民の構成に対する理解を高め、社会と刑務所をつなぐ役割を果たしている。

・受刑者の働くコーヒーやビール工場では、大量生産ではできない手間隙をかけて、市販品にはない
 新しい何かを付加して魅力的な商品を作り出すことに腐心している。

・日本の裁判官や検察官が更生に関心を持たないのは職業上求められていないからである。
 弁護士を含め、法曹と言われる人間は、更生イコール謝罪・反省と考えがちだが、
 更生とは単に再犯をしないことではなく、罪を犯した人が普通に生活できるようになることである。


カソリックという背景があるとはいえ、犯罪を個人の問題とせず社会全体で
困難を解決することが救済だとするのは成熟した市民感覚だ。

イタリアでも全てが順調ではないけれども、日本もこういう方向に進んでいけば良いのだけど。


[ 2013/05/28 20:30 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

今日の自転車


天気は曇り時々晴れ。行きは向かい風。

ここ数日は暑かったが、今日は気温は低め。
走りやすい。

今日はサドルの位置が合わない日だった。
どうもしっくり来ないし、股が痛い。
固定されたみたいにピッタリの日もあれば、今日みたいな日もある。


中国地方は梅雨入りだって。


[ 2013/05/27 22:49 ] 自転車 | TB(0) | CM(0)

漫画 おざわゆき 『凍りの掌』




終戦の年に招集され、満州で関東軍に補充される。
実弾を撃つこともなく停戦を告げられ、帰国できるものと
思っていたらシベリアに強制連行される。

9月でも雪が降る過酷な収容所生活。
危険な炭鉱での作業、ろくに食事も与えられず
次々と死んで行く仲間たち。

体を壊すともう少しマシな収容所に送られるが、
過酷な労働であることには変わりない。
アクチブと呼ばれる共産主義の洗脳を受けた仲間たちから
資本主義の犬と吊し上げを食らう。

昭和24年、生きて舞鶴港に降り立つ。


シベリア抑留から生還した父親の証言を元に描かれた漫画。

仲間と助け合いながらも、妬まれたり裏切られたりする。
アウシュヴィッツ同様、生きるためにはどんなに小さくても
希望の光を見出し、また希望を失ったものから死んでしまう
過酷な世界が描かれる。


「オレらは…白樺の肥料になりに来たんか…」


[ 2013/05/26 22:40 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

小説 フィツジェラルド 『グレート・ギャツビー』




1920年代のアメリカ、愛する女を取り戻すため
豪邸で絢爛な生活を送るギャツビー。

享楽の時代のニューヨークに中西部からやって来た
キャラウェイの目を通して男の破滅的な生き方を見る。

なんとなくカッコ良さげなリア充の生活に憧れて飛び込んで見たものの、
実際は虚しいしややこしいし、そんなに良いものではなかったなあ、と気付く。


財を築きのし上がる人物の欲望が大きすぎて自らが飲み込まれてしまうというのは、
歴史の積み重ねがないアメリカ的ということなのかしら。


[ 2013/05/26 22:17 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

花山椒の汁なし担々麺

ramen163


花山椒の汁なし担々麺、並で480円也。

中国電力近くに出した二号店のほう。
すぐ近くにはキング軒があり、相手の縄張りに殴り込みですよ。

標準の辛さは2辛で、3辛を注文する。
今日はネギかけと温泉たまごが無料だったが、ネギだけもらう。

黒ごまなのか、甘みが強い味付け。
醤油というよりもソースのような風味だった。

お店によって味の違いは出るものだ。
キング軒は塩っぱいし、くにまつは辛さと香りを追求しているし、
ここは甘みが強いし。

辛さはそのお店の標準プラス1が丁度良い。
一時期、辛さを追い求めエクストリームな領域までインフレしてしまったが、
心地良いゾーンというものがあるんだよな。


天気は晴れ。行きは向かい風。
今日も黄砂で視界がけぶる。

まだ500mlのペットボトル一本で大丈夫。
大分暑くなってきたけど。


交換したタイヤは順調。


[ 2013/05/24 22:47 ] 食べた物の記録 | TB(0) | CM(0)

ロードバイクのタイヤ交換


ロードバイクに乗ろうとしたら、後輪が裂けていた。
押して自転車屋まで行く。

タイヤとチューブを交換して4200円也。痛い出費だ。
前輪と同じタイヤにしてもらった。

タイヤの交換くらい自分で出来るようにすべきなのだけど、
どうにも素人仕事になってしまう自分の技能が信用出来ない。


この一週間は黄砂が日本を覆う。
そのせいか微熱が続いて調子が悪い。
空気清浄機が稼働しっぱなしで、閉め切ると暑いしかなわん。


[ 2013/05/22 22:39 ] 自転車 | TB(0) | CM(0)

映画 『キスキス,バンバン』




allcinema 『キスキス,バンバン』


『アイアンマン3』つながりで、シェーン・ブラック監督と
ロバート・ダウニー・Jrのコンビ作を見る。

クライム・コメディものなんだけど、謎解きもアクションも
ガチャガチャしていて落ち着かない。
ドミノ倒しのように連鎖的に謎が解けていくとは言い難く、
妹の死についてなどやや強引な理由になっているのが
見ていて乗りきれなかった。


ミシェル・モナハンの体当たり演技が見られるよ。


[ 2013/05/22 22:26 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

本 速水健朗 『ラーメンと愛国』




・終戦後、日本は復興資金の借入のためにアメリカから大量の小麦を購入したが、
 米食の日本では使い道がない。そこでアメリカは莫大な資金投入と各省庁に協力させて
 小麦食品を普及させるキャンペーンを行った。

・戦前の日本は、零戦などに代表される用に、研究や技術ではアメリカに遅れを
 取っていたわけではなかったが、技術が戦争の勝敗の決め手とはならず、
 アメリカの圧倒的な生産力と物量に屈した。

・日本のものづくりが職人の作る工芸品のような一点豪華主義だとすると、
 アメリカは人間工学に基いて、非熟練工でも生産ラインに加われるような
 施設の機械化、分業化が徹底された大量生産主義と言える。

・我々は、ラーメンという共通の食文化を持つ民族であり、ラーメンを愛する
 同じ日本人であるという共通の意識を持っている。つまり、チキンラーメンの
 CMによって「ラーメン」という「共通語」「国語」が生まれて以降、日本人は
 ラーメンを通じて国民意識を形成しているのだ。

・田中角栄への批判に、日本列島のファスト風土化(画一化)を進めて地方の独自性を
 失わせたというのがある。同時に、大都市圏への人口過密を止め地方の人口増を促したこと、
 高度経済成長期が終わり低成長時代が到来した時、大規模な財政出動を行い、地方に
 公共事業を通して雇用を生み出した。

・(ご当地ラーメンは)観光化のかけ声とともにあるとき突然変化したものであって、
 「地方の個性や特性」を反映させたものではないということを指摘してきた。 
 むしろ戦後の日本において、地方が個性を失い、固有の風土が消え去り、ファスト風土化する中、
 観光資源として捏造されていったのがご当地ラーメンであるというのが筆者の主張である。
 (ただし筆者はそれを非難しているわけではない)

・1990年代前半、ガストによって始められた外食産業の低価格競争は、非チェーン店系の
 飲食店を次々と駆逐していったが、ラーメンは作り手の創意工夫による高付加価値化と
 他店との差別化によってむしろ値段を上げることに成功した。

・本書が見てきたようなラーメンの右傾化の流れを、旧来のナショナリズムへのそれと
 同様の態度で批判してみよう。彼らのユニフォームである作務衣とは、1990年代に
 生まれたものに過ぎない。それに、そもそもラーメンなんて、日本の伝統と関係がない。
 
 しかし、それはラーメンを支持する者たち、もしくはラーメン業界の人間たちを批判する
 やり口としては無効である。ラーメン的愛国心の大本が、ニセモノであること、捏造された
 伝統であることは、問題ではないのだ。人々は、それを自明のこととして、「伝統の捏造」を、
 リアリティショー的、遊戯的に行なっているだけなのである。

・固有の風土や特産物を反映するものだとする「ご当地ラーメン」という物語、
 大量生産ではない職人の匠が再評価されるラーメン職人の世界、復活した
 近代以前の風習であるのれん分け制度等々といった、日本社会が一旦は捨てたはずの
 さまざまな伝統や制度が、再びラーメンの世界に浮上してきているように見える。

・ラーメンにナショナリズム、パトリオティズム(郷土愛)、地産地消、スローフードといった
 思想が入り込んでくるのも、一度壊れてしまった、流れが途切れてしまった歴史や
 伝統を、再び取り戻そうという意思なのだろう。


ラーメン屋の店主が何故ナショナリズムに傾倒していくかを
戦後日本の歴史を見ながら検証していく本。

世界を画一化しようとするグローバル企業の帝国主義への
抵抗が自分たちの歴史や伝統を取り戻す運動と結びついて
ナショナリズムに発展していく。
しかしそれは表層的であり、かっこ良さやノリが重視されているのが
特徴だ。


右傾化に見えるナショナリズムが実は左翼的なプロテストも
内包しているというのが興味深い。


[ 2013/05/20 22:08 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

映画 『アジアンタムブルー』




allcinema 『アジアンタムブルー』


地上波放送で鑑賞。

人生に倦んだ男が純粋な女と出会い恋に落ちる。
共に暮す二人には諍いも乗り越えるが、女が末期の癌を患う。
余命一ヶ月を、二人は憧れだったフランスのニースで過ごす。
写真家だった女は二人で写る写真を残し、この世を去るのだった。

もうテンプレで作ったような映画だった。
製作者側の、言われた通り過不足なく作りましたという
やる気の無さがひしひしと伝わってくる。


あんまりアジアンタムブルーがお話に絡んでこないのがもったいない。


[ 2013/05/19 23:14 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

映画 『アイアンマン3』


allcinema 『アイアンマン3』


前の二作ともあんまり面白いと思ったことがなかったが、
『アベンジャーズ』が面白かったので見に行く。

終盤の乗務員救出とラスボスとの戦闘シーンのクオリティが
映画全体で見られたらなあ。
すかしのギャグもすべり気味。

登場人物の抱える問題が何となくいつの間にか解決されており、
カタルシスがない。


ローディ大佐がポロシャツでアイアンマンのスーツを
着ているのがちょっと面白かった。


[ 2013/05/18 22:55 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

今日の自転車


天気は晴れ。行きも帰りも向かい風。

また花粉症が酷くなる。
川沿いを走った後、くしゃみ、目のかゆみ、
皮膚のかゆみに襲われる。

薬を飲んでいるからまだましなんだろうが、
年々苦しむ期間がながくなる。カモガヤめ。


最近テレビで良く取り上げられていた汁なし担々麺のお店、
花山椒が2号店をキング軒の近くに出店するそう。
出世が速いなあ。食べに行こう。


[ 2013/05/17 23:26 ] 自転車 | TB(0) | CM(0)

本 阿古真里 『うちのご飯の60年―祖母・母・娘の食卓』




祖母、母親、作者自身と三代にわたる食文化を見つめる。


・昭和20年代、山村では食料はほぼ自給自足。米を作り、野菜を育てる。
 森で栗を採り、野いちごをおやつにする。フキやワラビを採る。
 魚は行商、肉は鶏を食べるが回数は少ない。
 卵は養鶏が産業となるまでは数日に一回の割合で食卓に上る。

・家のあちこちに保存食を置いている。梅干、味噌、漬物、干し芋、干ししいたけ、
 干し柿。タマネギは風通しの良い場所に吊るしておく。
 カボチャやサツマイモなど南方の野菜は床下収納へ。
 餅は年3回、年末、2月の始め、ひな祭りの頃に搗く。

・(昭和20年代)カレーは家で作るけれど、油をたっぷり使うとんかつやコロッケは
 近所の肉屋で買ってくるのが一般的だった。

・田舎の食卓が、このころ箱膳からちゃぶ台に代わったのは、油を使う料理がふえて、
 食事のたびに洗剤を使って食器を洗わなければならなくなったからでもある。
 こうして、家族の栄養改善のために、主婦の仕事が1つふえた。

・主婦にとってのもっと大きな変化は、献立に頭を悩ませなければならなくなったことだ。
 油脂やたんぱく質を積極的に摂ろうと思えば、農村の主婦たちも、毎日煮ものや味噌汁を
 作り保存食の漬物を添えるくり返しだけではすまなくなる。毎度毎度、家族の栄養バランスと
 好みを考えて献立を決める新しい常識が、やがて家庭の食卓を変えていくことになる。

・昭和30年代、炊飯器や冷蔵庫が家庭に普及し始め、若い女性は仕事を持ち、花嫁修業と
 されていたお手伝いさんはパートや主婦の仕事となった。

・戦後、主婦を重労働から開放したのは、家事家電である。(中略)家事をしない男性は、
 家電の登場を主婦が怠け者になると言って批判した。それほど家事は時間と手間のかかる
 大変な労働だったし、主婦の腕が試される技術を必要とした。

・昭和40年代、氷冷蔵庫と交代するように普及していった電気冷蔵庫は画期的だった。
 昭和35(1960)年には、アメリカからラップが入ってきていた。使いかけの野菜、
 作り置きの料理も、ラップに包んでおけば冷蔵庫で保存できる。

・(新婚生活を始めた母の)秀子の料理の先生は、これら(『主婦の友』)の本や
 雑誌だった。子供の頃、お手伝いはしていても台所の中心で働くのは母、そして姉たち。
 高校進学で家を離れた秀子は、母親からきちんとした料理を仕込んでもらう機会は
 なかったし、同居していない姑から料理を教わる機会も少なかった。

 ご飯の炊き方や味噌汁や煮ものの作り方、野菜の切り方、すし飯の作り方といった、
 子供の頃に見て覚えた基礎的な手順以外は、本を頼りに身につけた。

・昭和30年代前半、料理上手は妻としての評価を上げるポイントだったが、30年代後半に
 なると料理上手なのは当たり前、できなければ妻失格とされるようになった。これは
 メディアが他チャンネルとの差別化を図るために、どんどん料理の難易度を上げていったから。

・高度経済成長期、企業は新卒を定期採用したり終身雇用を保証して社員を増やし定着率を上げる
 努力をしてもまだ足らず、家電の普及で時間を持て余す既婚女性を採用した。

・昭和30年代は、かつては憧れだった「奥様」になる女性が急増した時代である。
 高度経済成長によりサラリーマンが急増するとともに、その妻となる専業主婦が増えた。
 かつて多数派だった農家や商家の妻たちは、家業を手伝い朝から晩まで働き詰め。
 そんな母親の苦労を見て育った娘たちの多くは、専業主婦の「奥様」になれる相手、
 サラリーマンと結婚したいと望んで彼らを射止めたのである。

 とはいえ、彼女たちは、家で夫の仕事関係の相手を接待することが必要だった。この時代はまだ、
 サラリーマンが懐に応じて接待できる外食店がほとんどなかったからである。

・昭和30~40年代、インスタントラーメン、レトルトカレー、麻婆豆腐の素といった中華系の
 合わせ調味料、冷凍食品などが登場して普及していく。
 電子レンジが普及したこととリンクしている。

・低温流通が可能になると全国各地から野菜や魚が運ばれてくる。技術の発達で
 食生活は豊かになっていった。

・(昭和50年代)核家族が家族であることを確認する儀式として、食事どきの団欒は
 必要とされていた。

・昭和51(1976)年に国産第1号となるシステムキッチンが登場した。大収納と
 掃除がしやすいデザインが好評を得る。現在ではシステムキッチンはどこに何が
 収納されているか判りにくい、カウンターは結局物置になる、リビングの様子を
 チラ見しか出来ないなどの理由で敬遠されつつある。
 むしろかつての土間のような使い勝手の良いキッチンが見直されている。

・高度経済成長期、菓子メーカーはベビーブーマーを取り込むためにアニメ番組に
 CMを流した。広告業界にアメリカからマーケティングが持ち込まれたのもこの頃。

・万博が開かれた昭和45(1970)年は、外食産業元年と言われた。
 この万博は「料理博覧会」と言われたほど、外国の飲食店の出店が盛んだった。

・この頃、ロイヤルホスト、ケンタッキー、マクドナルド、フォルクス、
 ミスドなどが第1号店を出店する。

・日本の食を支えた産業の歴史を調べていくと、戦後日本が、アメリカ化されたと言われる
 理由がよく判る。子供をターゲットにした広告展開がアメリカ仕込みである。
 企業が日本を牽引するようになって、国民は従業員や消費者となり、アメリカとよく似た
 ライフスタイルが企業主導で出来上がっていく。

・昭和50年は、専業主婦率がピークになり少子化が始まった年である。オイルショックで
 定職を失い、夫の収入も減ったので子供をつくらなくなる。

・低成長時代、企業はすぐに辞めさせられるパートを求め、主婦が将来の戦力となることを
 見込んで柔軟な働き方を提供するという発想はなかった。これにより、夫は企業戦士、
 妻は家庭を守るものという役割分担が固定化された。

・女の子たちの飲食店進出が増えたのは、バブルと、女性の高学歴化、そして昭和61(1986)年に
 施行された男女雇用機会均等法を背景としている。

・身体も心も弱っている時こそ、おいしいものが欲しくなる。被災地の数ヶ月をリサーチした
 『震災下の「食」神戸からの提言』(奥田和子著、NHK出版)には、揚げ物や固いおにぎり、
 ハンバーグなど偏った食生活の中で、おいしいものを食べられなかった人ほど食欲を失って
 いったことが報告されている。
 
 部外者から見れば贅沢と映るかもしれないが、生活の基盤が崩れて明日が見えない状況だからこそ、
 本当においしいものが食べたい。

・弁当や惣菜、おにぎりやパンを買うライフスタイルが浸透した平成2(1990)年ごろ、
 「中食」という言葉が生まれた。その時点ですでに中食・外食を合わせた「食の外部化率」は、
 食費の4割を占めるまでになっていた。

・私たちの暮らしには、家事と仕事の両方が入り込んでくる。働きながら家事をしたのは
 祖母も同じだが、祖母の労働は食べることに直接つながっていた。私は仕事で稼いだお金を
 家賃の支払いや日々の食費に充てる。

 三代の女性は全く違う時代に全く違う現実を生きている。そして母と私は、自分の親を
 見習うことができなかった。

・昭和の後半、毎日の献立が主婦を悩ませ続けた。そんな時代に、買い物に行った先で、
 自分の手料理よりおいしいものが売られるようになったのだ。「めんどくさい」と
 考えているときに、店先からおいしそうなニオイが漂ってくれば、買うだろう。
 家族や友達と囲む食卓は、家の中にあるとは限らない。外食店でも公園の芝生の上でも
 よいのだ。女性は、台所に縛られるのをやめたのである。


膨大な資料から編んだ社会史の読み物として非常にエキサイティング。
日本人の食生活が戦後に凄まじいほどの変化をしていること、
女性の専業主婦指向や中食はごく最近の潮流かと思っていたが、
実際はずっと昔から存在したのだなあ。

料理家電や流通など、テクノロジーの進化が食生活に及ぼす影響が大きいのは
判っていたが、法律の制定、すなわち政策によってライフスタイルががらりと
変わるのを知って目からウロコが落ちまくり。
政治というのは遠い世界の話じゃないんだ。


手料理より、スーパーのお惣菜の方がテンション上がる。
食べさせ甲斐がないねえ。


[ 2013/05/15 23:22 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

映画 『クロエ』




allcinema 『クロエ』


夫の浮気を疑い、娼婦に夫を誘惑させてその内容を
事細かに説明させる。その結果、妻にもたらされるものとは。

実はスリラーだけど、そのトリックには割と早く気付く。
夫の浮気を糾弾するも、本当は女性としての魅力に衰えを感じていた
妻の内面が問題であったことに気付くという結末。

クロエは相手に母親を投影していたのかな。
アマンダ・セイフライドのお腹まわりはポテッとしていて
丁度良い具合だった。


[ 2013/05/15 22:42 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

今日の自転車


天気は快晴。行きは強い向かい風。
今日は全国的に気温が上がり、暑い一日だった。

トレックおじさんにぴったり後ろをつけられる。
これを振りきれないのがポンコツエンジンの僕。
多少は風よけとして役に立っただろうか。
おじさんではなく美女だったら超がんばるのだけど。


セブンイレブンのコーヒーは
ホットもアイスも苦味が強いな。


[ 2013/05/13 23:28 ] 自転車 | TB(0) | CM(0)

祖母の家に行く


祖母の家に行く。
葬式と庭の草取り。

葬式には送迎だけで、待っている間は室内の掃除を行う。
クイックルワイパーが真っ黒になった。
人が手を入れないと家は荒れちゃうなあ。

完全に気を抜いてしまい、迎えの時間に遅れる。
販売所でいつものように餅を買い、昼食の肉うどんを食べる。
いなりと巻き寿司も。

快晴の日曜日、オートバイが多く走る。
ソロの人、20人近い集団の人達。
信号待ちで迂闊にも集団を分断するように走る自動車は
両方に迷惑だったろうな。

ああいうツーリングに行くのはいかにもなオートバイばかりかと
思っていたが、ビッグスクーターで参加する人もいるものなのだな。
ビッグスクーターなんて通勤の足かと思っていたけれど。

同様にロードバイクも多かった。
ああいう狭い割に交通量が多く、路側帯も申し訳程度にしかない
道路ではロードバイクも自動車も不幸だよな。
今日は暑かったが、干上がっていないだろうか。


草むしりでかがみっぱなしのせいで腰が痛い。
来週末にもまた行かなければならないような気がする。


[ 2013/05/12 23:24 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

映画 『探偵はBARにいる』




allcinema 『探偵はBARにいる』


地上波放送で鑑賞。

ハードボイルドとはやせ我慢。
二人が同一人物であることは観客にバレバレなのだけど、
映画の本筋には大して影響はない。

オセロのように、人には角度によって白と黒に見える。
どっちが本物、というものではなく、両方が本物なのさ。


ニッカ対サントリーのウィスキー対決。


[ 2013/05/12 23:15 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

小説 米澤穂信 『折れた竜骨』




ロンドンから出帆し、波高き北海を三日も進んだあたりに浮かぶソロン諸島。
その領主を父に持つアミーナはある日、放浪の旅を続ける騎士ファルク・フィッツジョンと、
その従士の少年ニコラに出会う。ファルクはアミーナの父に、御身は恐るべき
魔術の使い手である暗殺騎士に命を狙われている、と告げた……。

自然の要塞であったはずの島で暗殺騎士の魔術に斃れた父、「走狗(ミニオン)」候補の八人の容疑者、
いずれ劣らぬ怪しげな傭兵たち、沈められた封印の鐘、鍵のかかった塔上の牢から忽然と消えた
不死の青年――そして、甦った「呪われたデーン人」の襲来はいつ?

魔術や呪いが跋扈する世界の中で、「推理」の力は果たして真相に辿り着くことができるのか?
現在最も注目を集める俊英が新境地に挑んだ、魔術と剣と謎解きの巨編登場!



<ここからネタバレ!>

ハール・エンマの正体は呪われたデーン人。故に血液を採取できない。

ローレント・エイルウィンを殺害したのは探偵役である
ファルク・フィッツジョン。

暗殺騎士であるエドリックとの闘いで血を盗まれ
<強いられた信条>の術に掛けられた。
血を盗まれたことは<忘れの川の雫>の術で覚えていなかった。

デーン人の呪いとは、裏切り者によって島を乗っ取られた一族が
ルーンの魔術によって不死となった。
裏切り者の子孫がアミーナたち。


<ここまで!>



容疑者の人数を水増ししているようにも思えるが、孤島という閉鎖空間で
容疑者の人数を限定し、魔術が現代の鑑識のような科学捜査と
殺害の命令を下す呪いであるという超自然の両方を兼ねるというのがミソ。


実行犯に動機がないということが、ミステリとして
フェアであることにギリギリ踏みとどまっているのが興味深い。


[ 2013/05/11 22:51 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

映画 『ハンガー・ゲーム』




allcinema 『ハンガー・ゲーム』


ハッピー・ハンガー・ゲームス!

コロコロと変わるルール、効果がすごすぎる軟膏、
大怪我を負っても特殊効果なみのメイクが出来る生命力、
スポンサー云々の件が回収されない、
殺し合いなのに緊張感も悲壮感も感じられない、
そもそもカットニスが本人の努力ではなく
他力本願で危機を回避するなど、ツッコミどころが多すぎる。


厨二病全開の小説を大の大人が本気で映画化したことが
一番の笑いどころだ。


[ 2013/05/08 22:16 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

本 工藤 綏夫 『キルケゴール』




・大衆とともに動きながら、底知れぬ孤独感に悩まなければならないのは、なぜか。
 巨大な社会機構の中にはめこまれながら、自動機械の歯車のひとこまのような
 自分の姿に気づいて、不安と絶望のやるせなさをおぼえるのは、どうしてか。
 
 人間がつくった機械によって人間が奴隷化され、人間がつくった経済機構によって
 人間が血みどろの競争や殺し合いの戦争に駆り立てられるのは、どうしてなのか。

・「私の使命を理解することが問題なのだ。私にとって真理であるような真理を発見し、
  私がそれのために生きそして死ぬことをねがうようなイデー(生活原理、生活根拠)を
  発見することが必要なのだ。
  
  いわゆる客観的な真理など探し出してみたところで、それが私に何の役に立つだろう」
  (『キルケゴール全集』第24巻より)

・「実存」とは現実の自分自身の姿であって、抽象化、一般化、平均化されないありのままの
 自分自身を意味する。

・これまで畏敬してきた父が恐るべき罪人であることを知り、その父の罪を自分自身も
 受け継いでいるということ、そして、これこそが父と子の憂愁な性格の本当の原因で
 あるということ、キルケゴールがはっきりと自覚させられたことが、この「大地震」の
 内容であったといってよいだろう。

 (キルケゴールの父は女中と不倫関係にあり、子供が出来たので結婚した。
  後に両者は和解し、キルケゴールは神学の徒に戻る)

・(24歳の頃、キルケゴールはレギーネ・オルセンと出会う)

 キルケゴールは、レギーネを愛すれば愛するほど、彼女の幸福を願えば願うほど、
 自分がそれにふさわしくない人間であることに気付いて、思い悩むのであった。

 (キルケゴールはレギーネに対し一方的に婚約破棄を通告する)

・コルサール事件以降、「大衆は虚偽である」ということが、キルケゴールの
 時代批判の精神ともなった。

 (コルサール事件とは、当時の強力な諷刺新聞コルサールKorsarに人格攻撃を受け、
  街を歩けば指をさされるほど世間から敵対視された)

・(キルケゴールは)外面的には明るく社交の才にも長けていたかれであったが、
 その胸中不覚にいだいていた彼の本心を用心深くかくして、恋人レギーネに対してもすらも、
 直接的に伝えようとはしなかった。言葉に出してしまえば嘘になってしまう自分だけの真実、
 それを彼は大事にしようとした。

 伝えようとしても直接的には伝えようのない真実、 このような真実をいだいて
 彼は苦しみ続けたのであり、彼の魂の内面的な苦悩が、あれだけの多産な弁証的作品を
 次々と生み出していくエネルギー源ともなったのであった。

・キルケゴールにとって、最高の究極的な真理は、キリスト教的な真理であった。

・普遍化することができず、他をもって代替することができない具体的な現実の人間存在は、
 この自分自身である。そこからまた、実存は、この自分自身を意味する概念となる。

・実存的思考においては、純粋の真理そのものはむしろ虚偽であって、純粋な真理へと
 いかにして自己を高めるかという、自己生成の努力のみが真理である。ヘーゲル哲学で
 強調される純粋思考などというものは、神にとってのみ可能なのであって、
 実存する人間にとっては到達不可能のものである。

・絶対的な目的は、普遍的知性によってはとらえることができない。(中略)すなわち、
 絶対者である神のみが呈示出来るものである。(中略)
 この課題をみずからのものとしてひきうけることは、人間としての自己にとって、
 きびしい自己否定を要求してくる。相対的目的の追求を断念することは、無限の苦悩をともなう。

 この苦悩に耐えながら、絶対者との絶対的な関係をみずからの内面に確保して行くことが、
 宗教的生の課題なのである。

 ところが、この課題にたいして真剣にかかわり、この課題を正しく果たそうとすればするほど、
 自己は、それを果たすことができなくなるという苦悩のパトスにひたされていく。

・(宗教について)論理を越え、言説を越えた逆説を前にして、知性は挫折し、沈黙し、躓く(つまづく)。
 しかし、ここにある躓きの可能性をのりこえて、この矛盾した逆説的事態を絶対の真理として
 信じることこそが、信仰の情熱(パトス)なのである。

 信仰のパトスにとっては、確実だから信ずるのではなく、むしろ、それが不確実だからこそ
 信ずるのである。(中略)最高の真理、絶対の真理は、もはや、これを説明するいかなる
 他の原理ももたないものであるからこそ、最高であり、絶対なのである。

・このより恐ろしい危険、絶対にうしなってはならない人生の高い目標の喪失、これが、
 精神としての自己、人格としての自己をうしなうということである。これこそが、
 人格にとっての真の死を意味する。そして、これが絶望なのだ。
 
 絶望においては、死を死ぬことすらできない。肉体の死に対する不安などとはくらべものに
 ならないほどの苦悩が、この絶望というものなのだ。このようなわけで、人間にとっての死病、
 人格にとってのほんとうの死病とは、この絶望のことなのである。


キルケゴールはレギーネへの恋愛感情をこじらせて
アレな感じなったのかと思っていたが、真面目で物事を
深く追求するからこそ安易な解答を出せずに苦悩した人だった。

キリスト教に救いを求めても、信仰について考えれば考えるほど
矛盾にぶつかってしまう。ここでも深く考えることで袋小路に
追い詰められてしまい、生きづらくなってしまう。


絶望と向き合った時、如何にして適切な間合いをとるか、それが難しい。


[ 2013/05/07 22:19 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

今日の自転車


天気は快晴。行きは強い向かい風。
この時期にしては暑いくらい。

一昨日のジョギングは次の日にひどい筋肉痛をもたらし、
その痛みがまだ残る中走る。

休憩して走るのを再開してから、全身を
ひどい痛みが襲う。腰も足も痛い。熱っぽい。

風邪を引いてしまったようだ。全身の痛みと熱に苦しむ。
わずか半日でこんなにも体調を崩すとは。
多少はましになったが、今もつらい。


走行中、虫がガンガンぶつかってくる。
ヘルメットならまだましだが、むき出しの顔に外骨格が
ぶつかってくるのは心を折られそうになる。
アレグラを飲まずに出発したが、まだ服用しないとくしゃみがつらいな。


[ 2013/05/06 22:50 ] 自転車 | TB(0) | CM(0)

今日のランニング


今日からランニングを始める。
と言っても、ランニングと言うよりはジョギングですらないかもしれないが。

最初から張り切ると碌なことにならないのを知っているので
無理はせず、10分走って15分歩くというペースにしておいた。

思ったよりも走ることは出来た。
2分も続けて走ることは出来ないんじゃないかと思っていたので。
長続きすればいいけど。


帰宅してから太腿の前面が痛い。階段を下るのがとてもつらい。
ここが痛むということは、ペダリングにおいても引き足が
出来ていないということなのか。


[ 2013/05/04 23:44 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

映画 『ラストスタンド』


allcinema 『ラストスタンド』


シュワちゃんは人を殺して捨て台詞が良く似合う。

映画としては値段分楽しめたのだけど、あんな燃費の悪そうな
コルベットでガス欠にならないんだろうかとか、
多勢に無勢を補うためのシャレたアイディアで乗り切ったりしないのが
残念とか、銃撃戦の撮り方が引っかかって乗り切れないとか、
しょうもない小ネタがノイズになっているとかケチをつけたくなる点も多い。

最後の決戦の前に良い台詞があるのだけど、野外ではなく
スタジオで撮った合成がグダグダで興ざめ。
結構グロいシーンもあるよ。


[ 2013/05/04 23:30 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

今日の自転車


天気は晴れ時々曇り。
行きも帰りも向かい風。

今年は暑くなりそうだと思ったが、今週は寒かった。
寒暖の差が大きいと体にきつい。

朝から肩が痛い。
グイッと急に動かすと痛い。まさか四十肩じゃないだろうな。


keshiki56


ツルバラが満開だ。蜂やカナブンが蜜を吸いにやって来る。
道路にはみ出ているのでいずれは切らなければならないだろう。


[ 2013/05/03 22:46 ] 自転車 | TB(0) | CM(0)

とみやのタンシチューとサンマルクカフェのデニブラウン

lunch107

とみやのタンシチュー、1000円也。

ホロホロのトロトロで白飯が進む。思わずご飯をおかわり。
でもチーズのトッピングは余計だな。

地ぐ酒ぐのリストバンドを入手し、眼鏡を見て回る。
999.9ic! berlinがカッコイイ。
ただ前者は古いモデルしかない、後者は5万円超えと短所もあり。


lunch108

サンマルクカフェのデニブラウンとブラック、590円也。
生クリームが乗っているのかと思ったらソフトクリームだった。
土台のカリカリしたパンも甘いし、美味いけど一人で一個を食べるのは
結構つらい。


ロクシタンのローズのセットを買い、帰宅する。
ひろしま菓子博は沢山の来場者で賑わっていた。

とみやに行く途中で佐藤寿人選手とすれ違う。
ストールを巻いておしゃれだった。



[ 2013/05/02 22:53 ] 食べた物の記録 | TB(0) | CM(0)

映画 『ミスター・ノーバディ』




allcinema 『ミスター・ノーバディ』


自分が選んだ、あるいは選ばなかった人生。
人生ループもの映画の走りになるのかな。

どの人生を選んだって、多分それが正解。
この人生だって、9歳の少年が考えたものにすぎないのであーる。


[ 2013/05/01 23:08 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)