遊山のチャーシュー麺

ramen165


遊山のチャーシュー麺、880円也。

土曜日は人が多いのか、出来上がるまでに結構待たされた。
四半期に一度くらいの割合で食べたくなるラーメンだ。

常連さんらしき人が焦がし油を追加とかなんとか言っていた。
そういうのがあるのか。卓上のラー油みたいなのとは違うのか。


川沿いを徒歩で帰る。
まだ泳いでいる人はいなかったけど、個人的にはザブンと飛び込みたかった。


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[ 2013/06/29 23:23 ] 食べた物の記録 | TB(0) | CM(0)

漫画 卯月妙子 『人間仮免中』




幼少の頃から悩まされていた統合失調症により
作者は歩道橋から飛び降りた。

自分の居場所ややりたいことが見つかったのに、
大切な人が出来たのに、病気で全てを台無しにしてしまうのは
どれほどの無念だろうか。


顔が崩れ、幻聴に襲われ、生命の危機に陥り、
周囲の人達に迷惑をかけながら、それでも作者がたどり着いたのは
「生きてるって最高だ!!!」


[ 2013/06/29 23:08 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

今日の自転車


天気は曇り。行きは追い風。

日差しがなく涼しく感じたので、ちょっと遠回りしたら
疲れちゃった。

ピナレロ乗りに出会う。
速そうだったので引っ張ってもらえそう、と思ったら
見る間にペースダウンしていく。どないやねん。
シューズがスペシャライズドだったり、服装に統一感がないのが気になった。


見知らぬ青年に挨拶をされる。
チャラチャラしている風だけど、しっかりしとんな。
きちんと応対できない自分の方が恥ずかしい。


[ 2013/06/28 23:09 ] 自転車 | TB(0) | CM(0)

小説 原田マハ 『楽園のカンヴァス』




ニューヨーク近代美術館(MoMA)でうだつの上がらない日々を送る
学芸員のティム・ブラウン。
大富豪からの依頼により、新進気鋭の日本人研究者、早川織絵と
アンリ・ルソー作『夢を見た』の真贋を見極める対決を行う。

ミステリだと思って読んだので、少々肩すかし。
終盤に真相が明らかになって行くが、やや都合が良く事が運び過ぎるように思えた。


登場人物が割と行き当たりばったりな行動を取るように思えるのは、
僕に人生の機微というものが判っていないから?


[ 2013/06/27 22:37 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

映画 『ザ・レイド』




allcinema 『ザ・レイド』


新米で構成された部隊が犯罪者の巣窟であるアパートで壊滅状態に。
生き残った隊員たちはアパートから脱出するため死力を尽くす。

ゾンビのように湧いてくる敵の倒し方がえげつない。
敵も味方も殺る気満々で容赦無し。
トンファーとナイフを使った近接戦闘が最高。

徒手格闘がメインになる後半はヒリヒリする緊張感が薄れて
やや尻すぼみになるし、格闘シーンを盛り込むために
ストーリーの辻褄が合わなくなったりするけど、
本当に何人か死んでるんじゃないかと思わせる迫力満点の映画。


[ 2013/06/26 22:42 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

漫画 『進撃の巨人 10』『GIANT KILLING 26』




ウトガルド城跡で夜明けを待つ内に巨人に囲まれた。
壁の中にいる巨人の秘密を解く鍵を持つクリスタを守るため、
仲間たちは命を賭して戦う。

実は巨人でしたという兵士だらけだな。





千葉との闘いを終え、スカルズとフロントの和解、
そして五輪代表メンバーが発表される。

対立する意見は擦り合わせる。
お前が走ることで勇気を貰える人がいる。


[ 2013/06/25 23:01 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

今日の自転車


天気は曇り。行きも帰りも追い風だったような。

水たまりに雨が残るも、道路はほぼ乾いていた。
雲の合間から時折日差しがのぞく。
気温も上がらず走りやすかった。

行きは何度も信号に引っかかったが、帰りは実にスムーズ。
休憩できずちょっと疲れた。


ここ数日雨が続いて気温が低い。
羽毛の掛け布団をしまった途端にこれだ。
凍えるくらい寒くて死ぬかと思った。



[ 2013/06/24 23:08 ] 自転車 | TB(0) | CM(0)

映画 『華麗なるギャツビー』


allcinema 『華麗なるギャツビー』

2D字幕版で鑑賞。

配役が絶妙。よくまあここまでピッタリの俳優を揃えたものだ。
原作は平板な進行だったけど、この映画ではギャツビーとデイジー関連に
焦点を当て刈り込み、メリハリが効いていた。

狂乱の宴は迫力があったが、それにくらべると人間ドラマのシーンは
少々落ちる。興味がなかったのかな。
バズ・ラーマン監督だからもっとギトギトした画になっているかと
思ったけど、そうでもなかった。


[ 2013/06/22 22:33 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

本 阿古真里 『昭和の洋食 平成のカフェ飯: 家庭料理の80年』




・(主婦の家事労働は)水道やガスが通り、食材が手軽に買えるようになり、家電が入って、
 手伝うべき家業がなくなった。家族の人数も減った。
 
 時間にゆとりができて、働きに出る主婦がふえた。一方で、子どもを抱えていたり、
 量は減っても細切れに時間をとられる家事との両立ができず家に留まった主婦も多かった。
 妻が専業主婦であることを男の甲斐性とする企業もあったし、女性を雇いたがらない企業も
 多かったからだ。

 ヒマができると罪悪感が生まれる。働いていない理由をつけるために、彼女たちは主婦業の
 プロフェッショナルになろうとした。プロ意識を持って取り組んだ家事の一つが、成果が
 表れやすい料理だった。

・この時代(高度成長期)に、洋食・中華が受け入れられ浸透していったのは、異なる食文化を
 背景にもつ夫婦が、たくさん生まれたからである。和食の味つけやだしのとり方については、
 夫婦の好みが違っても、洋食・中華はあまり食べたことがない。新しい味は、出身の違う夫婦に
 好都合だった。急速な都市化は、新しい食文化を育てたのである。

・昭和前半に生まれた女性たちは戦争で母親を亡くしたり、都会に出たりしたせいで料理を
 習うことができなかった。彼女らの助けとなったのが『きょうの料理』や『主婦の友』といった
 料理メディアである。

・昭和後期、ホームパーティ用の料理を提案する料理本が人気を得た。家族は凝った料理を
 作ったとしても普段と変わらぬ反応だろう。たまには「おいしい」「すてき」と褒めてもらいたい。
 だから主婦仲間を相手にホームパーティを催した。

・豊かになった主婦たちは、その豊かさゆえに自分の役割を見失った。
 人は、人の役に立っている、自分が成長していると思えたときに、生きる手ごたえを感じる。
 誰かに守られて安定した生活の中に手ごたえはない。経済的に恵まれている、ということは
 助け合う必要がない、ということにもつながる。

・何より視聴者にショックを与えたのは、子どもが朝食をとる時間に家にいるのに、
 そばにいてやらない家族が存在することだった。しかし、昔から家族はそろって食卓に
 ついたのだろうか。朝から農作業に出る夫婦、家の商売に忙しく交替で食事をする親もいる。
 しかし、そういう家にだんらんがなかったとはかぎらない。

 昔、子どもは働く家族の一員だった。家族は総動員で手作業の家事をこなし、家業に忙しかった。
 だんらんは労働の中にあった。しかし、外で働くことが仕事となり、家事はらくになって、家族が
 家族として一緒にいられる場所は食卓になった。だからこそ、食卓に家族がそろわない現実を知り、
 人々は動揺したのである。

・小林カツ代が活躍しはじめた80年代、主婦雑誌は売れなくなってきていた。四大婦人総合誌と
 言われた雑誌の三誌が、80年代後半から90年代初めにかけて、相次いで廃刊となった。女性が
 求めるようになったのは、小林が提案するような、手間をかけずにできるおいしい料理の作り方である。
 
・本当はちゃんと手作りしている、と強調した小林カツ代に対して、栗原はるみは、手がかかっているように
 見えるけど、実は簡単なんですよ、と面倒がる読者に呼びかける。「私は主婦ではない」と
 主張した小林と、「私は主婦です」と話す栗原。すべてにおいて、ベクトルが逆なのだ。

・何しろ、母と娘の確執問題は長らく日本ではタブーだった。家事・育児・介護のすべてを引き受けてきた
 母親の負担は、無償の愛で解消されることになっていた。家庭内の労働を母親任せにしてきた人々は、
 母と娘の間にもわだかまりや憎しみが存在する現実を、認めるわけにはいかなかったのだ。

・幸せな家族の形は決まっていて、例外はみな不幸と思われるようになった。
 形が整った家族は、幸せでなければならなかった。子どもは必ず実の母親に愛されなければならない。
 人が自分らしく生きるより、世間が安心する場所に納まることを期待する。ときに強制する。
 『八日目の蟬』に描かれたのは、人を不幸にするそういう社会である。
 (あるべき家族像に振り回され、自分を見失う)

・結婚とは、夫婦が新しい生活を築いていくことだ。違う環境で育った夫婦が、好みをすり合わせながら
 新しい味をつくっていく。それは、夫婦が夫婦になっていくプロセスでもある。
 (娘に自分の作った料理を持ち帰らせるのが)その機会を奪っていることに母親は無自覚である。

・それどころか、娘の依存を歓迎しているフシすらある。実はいつまでも世話を焼き続けて、
 母親の役割を手放したくないのである。

・献立を立てて料理をするということは、何を食べたいか、食べさせたいかという欲求に
 能動的に なることから始まる。心からおいしいと思って食べ、家族が喜ぶ顔を見る。
 欲求を満たせば幸せな 気分になるはずだ。彼女たちは自分の欲求も知ろうともしていない。
 情報に振り回され、家事や子育てをわずらわしそうに語る彼女たちは、幸せそうに見えない。

・おばあちゃんを連想させるラインナップが、果たして若者に好まれるかどうかは分からない。
 それよりも、NHKが家庭で料理が伝承されないことを前提にし始めたことのほうが、事態の切実さを
 表している。メディアが伝えなければ、日本人が何世代にもわたって食べ慣れてきた和食に
 縁がないまま歳を重ねる人もいるかもしれない時代になったのである。
 (NHK『きょうの料理ビギナーズ』に関して)


料理を扱うメディアを通して、昭和以降の日本人の食生活を見ていく。

専業主婦の母親のようにはなりたくないとキャリアアップを目指す娘が
結局母親を頼り、母親も頼られて満更でもないという、ここでも母娘問題に辿り着く。

家族一緒に食卓を囲むことが幸せではないのに固執し、あるべき家族像に振り回されて
自分を見失う本末転倒ぶりを指摘しながら、家族に食事を作らないことをけしからんと言う。
しかしいろんな家族のあり方があっていいと、多様性を認める結論に至ったりしていて
混乱させられる。


[ 2013/06/20 22:20 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

大勝軒のもりそば

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大勝軒のもりそば、チャーシュー増しで1100円也。

三越の物産展で食べる。
チャーシューが4枚も入っていて、これなら味玉にすれば良かったと後悔する。

味は魚介よりも動物の出汁が強く感じた。
甘すぎるよね。

今日は一日中雨が降る。
目ぼしい物を求めて周るが、収穫はなし。
UVカットのグローブが黒しかないのはまいった。


自室にいると腕や首がかゆい。
ダニが湧いてるんじゃないだろうな。


[ 2013/06/19 22:11 ] 食べた物の記録 | TB(0) | CM(0)

祖母の家に行く


祖母の家に行く。
シルバー人材センターに庭木を切ってもらうよう頼んだからだ。

10時40分くらいに到着したら、すでに伐採は終わっていた。
正午前には後始末と掃除も終わり、帰っていった。
その間は室内の掃除。相変わらずクイックルワイパーが真っ黒になる。

昼食後に山へと入る。
道を倒れた松が塞いでおり、脇へ押しやったりのこぎりで切ったりして進む。
結構な重労働で疲れた。

溜池の水門を誰かが土で埋めたらしい。
溢れて被害が出ることを懸念していたが、水量が少ないので大した被害には
ならないだろうとも予測していた。
何事もなければいいが。

水神様をきれいにして山を降りる。
本当はもっと下草を刈ったり倒木を切ったりしたかったらしいが、
時間も人もいないので今日はこれでおしまい。

相続しても使い道のない山なんて、どうすればいいのか。
生きている内にどうするかを決めて欲しい。


カレーを初めて食べたのは10歳頃、家庭で。
スパゲティは高校の寮で、ラーメンと餃子は社会人になってからだって。


[ 2013/06/18 22:42 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

今日の自転車


天気は晴れ。行きは向かい風。

割と雲が多く、日差しが遮られたせいか
それほど暑くはない。
気を良くして舟入の方まで足を伸ばす。

舟入の辺りまで来ると道路がまっ平ら。
割と道幅が広くて走りやすいけど、同時に
自動車の交通量も多い。
そう上手くは行かないものだ。


歩行者信号は青、赤いヘルメットをかぶって
目立つ格好なのに自動車は気づかず急ブレーキ。
危険運転をする自転車、とか思われていると思うと腹が立つ。


[ 2013/06/17 22:39 ] 自転車 | TB(0) | CM(0)

漫画 楳図かずお 『洗礼』




母娘問題から派生して読む。

美人女優として名を馳せる若草いずみは自らの
美貌が衰えていくことに日々怯えていた。

ついに彼女は決断する。
美しい娘を産み育て、自分の脳を移植することを。


<ここからネタバレ!>

主治医の村上先生は母親が幼い頃すでに亡くなっていた。

娘のさくらには手術は行われなかった。
恐怖と母への愛から別の人格を作り出してしまった。


<ここまで!>


母娘の身体性による同一化と罪悪感から来る呪縛を
見事に描いた漫画だった。
女性に対し、容姿なんて大した問題じゃないよなんて
気軽に言えなくなる。


いまさらだけど、楳図かずおって絵が上手いんだな。


[ 2013/06/16 23:00 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

今日の自転車とビールスタンド重富


天気は晴れ。行きは向かい風。

ここ数日は気温がぐんぐん上がり、35度近い猛暑日になった。
今日は少しましだったが、それでも暑く身体にこたえた。

暑いとスピードは出ないし集中力が削がれる。
無理せず自販機で飲み物を買っても良かったな。

来週は梅雨らしく雨が多くなるそう。
自転車に乗れる機会も減るのだろうな。


珍しく飲みに誘われる。
最初の一杯はビールスタンド重富だ。
17時から19時までしか営業しておらず、狭い店舗内で立ち飲み。
昭和のサーバーで注がれる壱度注ぎのビールは喉を潤すのに最高。

18時過ぎに行った時は3人くらいの客だったが、その後も客足は途切れず
店の外で待つ人も出来た。
パッと飲んでサッと帰るのが粋なはからい。

その後は自彩菜酒処 渓に行く。
イナゴの佃煮やアイスプラントや、燻製盛りやなめろうやすじ煮込みをいただく。
日本酒も飲んで楽しかった。


酔い覚ましに夜の街をフラフラと見まわって帰る。
金曜の夜はどの店も人が多かった。
平和公園内のベンチで、暗い川を眺めながらからあげくんと
缶チューハイでしめる。カスタードクリームのワッフルも。


バスで寝ちゃったけど、降車する手前で目が覚めるのは我ながら凄い。


[ 2013/06/14 23:07 ] 自転車 | TB(0) | CM(0)

本 『ヤンキー文化論序説』




<永江朗 ヤンキー的なるもの>

・ヤンキーはルールを重んじる。なんだか裏の学校みたいである。
 集会に遅刻すると叱られるし、無断で休むと家まで様子を見に来たり。
 もしかしたら表の学校よりも厳しいかもしれない。

・ヤンキーはルールが嫌いといいながら、実際はルールが大好きである。集会の
 様式にもこだわるし、上下関係も厳しい。先輩がいうことは絶対服従である。
 チームの旗や特攻服など、シンボルをとても大事にする。日の丸なんかも好きだし。
 また、他人がルールを守らないことについては不寛容である。

・避妊もあまりしない。(中略)避妊を不純なことと考えているようだ。つまり、
 自分たちの愛は純粋なもので、快楽のためではない。だからコンドームなんかしない。
 妊娠したら結婚して産んで育てたい。ヤンママは彼らの憧れである。愛とか友情とか
 道とかいった抽象的な概念をとても大事にしている。

・ただ、彼女たちには悪いけど、長続きしないカップルが多い。そりゃそうだ。
 いくら子どもが生まれ親になっても、年齢は二〇歳そこそこ。世間の大学生や
 専門学校生は楽しく遊んでいるのである。


<酒井順子 女子のヤンキー魂>

・時代のマス人気というものは、常にヤンキーによって作られている。…というのが
 私の持論です。とてもセンスの良いもの、とても上質なものも、そこそこは売れるかも
 しれません。が、メガヒットというものは、ヤンキー的センスを持っている人が振り向いて
 くれない限り、生まれない。(中略)
 
 それはつまり、ちょっと(もしくはかなり)下品で安っぽくてセンスが悪くてクールじゃなくて
 情に訴える、という感覚なのです。モーニング娘。が上品な美少女ばかりだったらあれほど
 売れなかったでしょうし、浜崎あゆみはあの酒焼けしたような声であったからこそ、
 多くの女の子の心を掴んだのだと思う。

・内面へと目を移して見れば、江戸時代のかぶき者といえば、きっぷが良くて喧嘩っ早いものの、
 実は情に厚くてお人好し、といった性格だったりするものです。だからこそ、引き受けなくても
 いいような不幸や苦労を背負ってしまうこともしばしば。そしてその性質的な特徴も、現代の
 ヤンキー達は受け継いでいるように思われます。

・面倒見がいいというこの感覚も、女ヤンキー的特徴の一つであると、私は思うのでした。


<都築響一インタビュー ヤンキーは死なない>

・ヤンキーのデザインが面白くなるのは-これは四輪のほうがわかりやすいんですが-
 日本の国産車のデザインが画一化してつまらなくなる時期と重なるんです。今だって
 携帯にじゃらじゃらいろんなものを付けるでしょ、あれは元のデザインが完成されていないから
 ですよ。別の言い方をすると、フェラーリとかランボルギーニにシールをベタベタ貼るやつはいない、
 完成されているから。いっぽう、どうでもいい日本の車はそのままじゃどうしようもないわけです。
 つまんないから改造する。インダストリアル・デザイナーは改造を馬鹿にするんだろうけど、
 それは自分たちの能力のなさの裏返しという気がするね。


<阿部真大 ヤンキーたちは地域に戻ることができるのか>

・祭りは、地域社会ではマージナルな存在である「将軍」のメンバーが、体制に反抗しつつも、
 地域へと順応する、格好の場所である。一旦、地域社会に抵抗し、逸脱した若者たちは、
 祭りという「バイパス」を通って、社会化される。まさしく「体制への反抗・地域への順応」である。
 若者が社会化され、大人になる道は「学校」というシステムを通してだけではない。

・優二やT氏の言葉から分かるのは、「引退」後の生活に対する安心感である。最終的に
 地域社会に戻って、仕事を持って、家庭をつくる。そんな明確なライフプランがあるからこそ、
 暴走族という逸脱行為に青春を捧げることができるし、そこに戻るための祭りという
 「バイパス」も意味を持ってくる。

・しかし、現在では就職状況の悪化や労働の非熟練化(誰でも出来る、職人としての修行を
 必要としない)と低賃金化によって社会に復帰するのが困難になっている。

・今、1970年台から80年代にかけて猛威をふるった「ヤンキー文化」をふりかえって
 「彼らは甘かった」だとか「時代が良かったから」などと済ませることも可能だろう。
 しかし、もう一度、彼らの「反抗」について考えてみるのもいいかもしれない。彼らは
 何に苛立ち、何を求めていたのか。そこには、きっと、今の若者の抱える悩みや怒りと
 相通るものがあるかもしれない。
 そして、その苛立ちを受け入れるだけの「懐の深い社会」が、かつての日本にはあった。

<斎藤環 ヤンキー文化と「キャラクター」>

・ところで、この問題について考える時、私が必ず思い出す「名言」がある。
 「日本人の美意識を野放しにしておくと、結局は金閣寺ができてオシマイだなあ」
 これが実は、別冊宝島104『おたくの本』(1989年)の一節なのである。(松田融児氏の言葉)

・ヤンキー文化の二重性は、ヤン車における外装の「強面」ぶりと内装の「ファンシー」さとの
 対比においてもみてとれる。おそらくこうした二重性の起源はヤンキー文化の根底にある
 「キャラクター性」にゆきつくのではないか。そう、「バカやってるけど純情」
 「やんちゃだけど真っ直ぐ」「ワルだけど情に篤い」といった、二面性の美学である。


<ナンシー関 ヤンキーコラム傑作選>

・日本人の5割は「銀蝿的なもの」を必要としている

 有意識・無意識にかかわらず「銀蝿的なもの」に心の安らぎを覚える人は、
 老若男女の区別なく人口の約5割を占めると私は見ている。勝手に、だが。

 今も昔も、何故か世の中の人は「不良」が好きである。しかし、世の中が好きな不良は
 あくまでも的場浩司や辰吉丈一郎の系統であり、真木蔵人の系統は拒否されるのだ。
 ここには、たとえば「いいヤクザ」とか「1本スジの通った不良」といった概念がある。
 街角で胸ぐらをつかみ合ってる不良はいいけど、いきなりピストル出して射っちゃうのは
 ダメ(当たり前か)。シンナーはいいけどドラッグはダメ。要するに、理解の範疇に収まる
 「不良」が好きなのだ。そしてそれこそ「銀蝿的なもの」に見事重なるのである。


ヤンキー性とは「やんちゃだけど真っ直ぐ」「ワルだけど情に篤い」といった二面性に集約される。
こういう気質は江戸時代のかぶき者から日本人に愛され続けている。

現実の暴走族は少子化、経済の悪化、取締の強化、逮捕のリスクなどから減少している。
社会も身近のヤンキーに対して不寛容になる分、フィクションや芸能人にロマンを求めているのかな。

読み終えてふと思ったが、キリスト教福音派ってまさにヤンキー性のかたまりなんじゃないか。
僕もどうせならあちら側に生まれたかった。


[ 2013/06/13 22:14 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

映画 『海角七号/君想う、国境の南』




allcinema 『海角七号/君想う、国境の南』


自暴自棄の青年と仕事に振り回される女性、
戦争で引き裂かれた恋、届かなかった手紙、
映画の最後にライブシーンと売れる要素をとにかく
詰め込みましたという映画だった。


なぜかレッチリが聞きたくなった。
中孝介の目線が泳ぎっぱなしな迷演技が見どころ。


[ 2013/06/12 23:04 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

小説 西澤保彦 『七回死んだ男』




親族の集まる正月に祖父が殺された。
特定の日が9回繰り返される能力を持つ孫の久太郎は
祖父を救うためにあれこれと画策するが…。


あちらが立てばこちらが立たず、犯行を防いだかと思ったら
別人が祖父を殺していたりとなかなか上手く事は運ばない。

アイディアは面白いし最後にひねりを効かせているのだけど、
繰り返す数が多いと緊張感がなくなるというか。


やや取って付けた感があるので手放しで褒められないかな。


[ 2013/06/11 22:31 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

地ぐ酒ぐ2013

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今年も行って参りました、地ぐ酒ぐ2013。
過去二回は晴れたけれど、今年は曇り時々雨。

開始まで時間があったので、トレックのバイクを見に専門店に行く。
ドマーネ4.3を試乗させてもらう。乗ったら欲しくなるねえ。
マドンとは明らかに形状が違う。ドマーネの方が固太りしているというか。


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一軒目は毎年ここからスタートするお店、楽車
雨後の月をタンのやわらか煮でいただく。非常にやわらかくて美味しい。
宮崎駿似の主は後ろ姿しか見えなかった。


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二軒目は増田屋で蓬莱鶴とチーズの粕漬け。


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三軒目はふうらい房で天寶一と絹さやだけとパルメジャーノチーズ。
シャキシャキした食感だった。例年は鶏の味噌漬け燻製を食べるが変えてみる。


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四軒目は田心で西條鶴の酒蔵楽を鱧の梅酢漬けとトマトの冷やしおでん。
鱧が超美味しい。感動する味だった。

田心は大人気で、30分ほど並ぶ。まあ酔い覚ましに丁度良かったかも。
この時が一番雨が強くて、なんとも間が悪い。
他の店を回り時間が夕方近くになったころには行列も少人数になっていたので、
次回は少し遅目の時間にした方が良さそうだ。

今年は行ったことがないお店に行ってみようということで、
平和大通りを越えて富士見町方面に向かう。


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五軒目は山人で竹鶴を地鶏の唐揚げとすじ煮込みでいただく。
唐揚げには塩麹をつける。すじ煮込みも美味しい。


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六軒目はあいさん家で八重の露の千本錦をみつせ鶏の串焼き三種で。
焼きたては美味しいなあ。お惣菜の焼き鳥とは全然違う。


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七軒目は獨楽で瑞冠の山廃純米・杜太(とうた)をとろとろ枝豆豆腐で。
出汁の味がやや強すぎるような。イクラは苦手なのであんまり嬉しくない。


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八軒目ははせべで神雷(しんらい)の千本錦をいもタコ南京で。
タコを柔らかすぎず硬すぎず丁度良い感じに煮ているのが巧み。
酸味のあるじゃがいもがまた美味しい。

今年は森永のラムネを途中で何度か食べながら飲み歩く。
二日酔いに効果があるそうで、実際に今までよりも辛さは軽減された。


今年は八軒回って終了、と思っていたらなんと洋食こけもも
ディナーを食べることになる。
こちらはもうお腹いっぱいだったので乗り気ではなかったが、付き合うことにした。

六時からの開店ということで、ドトールで時間をつぶす。
圧力鍋を使って結構本格的なチャーシューを作っていることを
知らされ、驚く。

洋食こけももではビールで乾杯し、二名からというディナーのコースを注文する。
前菜の三種盛りの時点でかなりキツい。


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エビフライ。サクサクのプリップリ。


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ハンバーグ。なめらかな舌触りとデミグラスソースの美味さ。
付け合せの野菜もいちいち美味しい。


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ミートソースのスパゲッティ。肉々しい。

ほとんど一口だけ食べて、後はあちらが処理する。
地ぐ酒ぐで飲み食いした後なのに、なんでこんなに食べられるんだ、あの人は。

デザートのプリンは持ち帰りにしてもらう。
もう食べ物は近寄らせないで欲しかったので、押し付けておいた。

せっかく丹精込めて作られた料理を残してしまい、申し訳ない。
洋食こけももにはあらためて食べに行こう。
今度はお腹を空かせて。

タクシーを止めて送ってくれると言われたがお断りする。
自分のペースで帰りたかったし、これは車内でレロレーロする可能性が高いと思ったからだ。
実際、デオデオのトイレと、降車したバス停近くの公園の片隅でレロレーロしたし。


洋食こけももで、酔ったせいもあってか向こうのド直球な本音を聞いてしまい
たじろぐが、それはおくびにも出さず別の方向に話題を持っていく。
あんたもそうなんかい。でも義務はあちらの方が重くて大変なので
軽々しく共感できるよ、なんて言えない。


[ 2013/06/09 22:33 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

漫画 よしながふみ 『愛すべき娘たち』




母娘問題から派生して読む。

自分より年下の男と再婚した母。娘は実家から出て行くが
それは男に母親を奪われたから。

目標を失って堕ちていく友達を救えず大人になり、
別の友達が頑張っているのを知って救われる。

美しい母が自らの容姿を蔑むのは、祖母の呪いだった。

母娘の離れがたい関係性を描く話が主だけど、第3話と第4話の
お見合いの話がゾッとする。
誰に対しても分け隔てなく接してきた自分は、誰も本気で愛せないことに
気付いてしまうのだ。その彼女が出した結論に驚く。


第2話のカラーが他と違いすぎて浮いている。


[ 2013/06/08 22:18 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

今日の自転車


天気は晴れ。行きは追い風。

暑さが増してきた。
500ミリリットルのペットボトルでは足りなくなってきた。

未だアレルギーに苦しむ。
黄砂も多少飛んでいたみたいだが、6月に入っても
くしゃみや目のかゆみが続くのは初めて。
かなわんなあ。


太田川ではもう鮎釣りは解禁になったのかな。
今日は釣り人が少なかった気がするが。


[ 2013/06/07 22:44 ] 自転車 | TB(0) | CM(0)

クレッタルムーセンのBor


クレッタルムーセンのBorを購入した。

Baggiだと大きすぎるので、丁度良いサイズのトートバッグは
ないものかと探していたらBorを見つける。

なかなか在庫が残っていることが少なくて半分諦めていたが
検索すると在庫ありのお店を見つけ即購入。

色はダークグリーン。意外と大きい。
中のポケットが一つしかないのはちょっと不便。


ななめ掛けのバッグとして使うのが仕様通りなんだろうな。


[ 2013/06/06 22:45 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

今日の自転車


天気は晴れ。行きは向かい風。
空全体が薄曇りで比較的涼しい。

交換した後輪のバルブがどうもおかしいので見てもらう。
どうもしっかり締められていなかったらしい。
シュヴァルベのチューブはこういうのが多いな。


ファミマのアイスコーヒーを飲む。
最近流行りのコンビニカフェ系は苦味が強いように思う。


[ 2013/06/05 23:13 ] 自転車 | TB(0) | CM(0)

映画 『G.I.ジョー』




allcinema 『G.I.ジョー』


地上波放送で鑑賞。

男の子の好きそうなガジェットやギミックがてんこ盛りで
ワチャワチャした映画だな、と思ったら監督がスティーブン・ソマーズで納得。


しかしまあ、アメリカ人って忍者好きだねえ。
韓国人が東京にある少林寺みたいな道場で忍者の修業をするとか
何が何やら。


[ 2013/06/05 23:03 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

小説 米澤穂信 『儚い羊たちの祝宴』




五つの短編集。

「バベルの会」という読書会で各話がリンクしているというより
富豪に仕える女中が事件に絡むことが共通する。

ネタバレならないようぼかすが「目的」と「手段」が逆転する話が興味深い。
この読後感は黒い笑いとでも言うべきか。
[ 2013/06/03 22:46 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

ic! berlinのhu j.を買う


ic! berlinの眼鏡、hu j.を買う。
シルバーの全縁眼鏡で、なかなかのおしゃれモデル。

調べたら何年か前のモデルらしい。
こちらとしては欲しかった物が買え、お店は在庫が処分できたのだから
Win-Winということ、と自分を納得させる。

今まで使っていた眼鏡より大きく見える。
もうちょっと細かったらインテリヤクザ風だ。


お昼はサンカレーでチキンカツのハーフ。500円也。
ハーフだと食べた気がしない量だった。

ユニクロでいくつか買い物をし、紙屋町のケンタッキーの近くに開店した
アサヒビールのエクストラコールドバーでブラックを飲む。
もっとキンキンに冷えたビールだったような気もするが、注ぎたてはやはり美味しい。


来週末は晴れると良いな。


[ 2013/06/02 23:09 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

本 斎藤環 『母は娘の人生を支配する―なぜ「母殺し」は難しいのか』




・母娘問題すべてに共通するのは、母親による娘の支配である。支配(コントロール)への
 欲望を持つものは常に母親であり、その欲望ゆえに様々な問題が起こる。

・母娘問題は、母親や女性への抑圧が低下したからこそ、出現した問題のように思われる。
 決して昔は存在しなかったのではなく、単に隠蔽されていただけで、近代化と共に
 抑圧が減ることで、もともと潜在していた葛藤がはっきり見えてきた。

・母と娘の権力関係は、共感と思いやりによる支配といった、はるかに複雑な様相を呈する。
 母は「あなたのためを思って」という大義名分で自分の願望と理想を押し付け、
 娘は母親の欲望を先取りするかのように、表面上は反発しつつ支配に逆らえない。

・「鶴女房(つるのおんがえし)」見るなの禁を破って機織りの姿を見られてしまったため、
 鶴女房は去って行く。夫の心には禁を破った罪悪感、傷つきながら自分のために機を
 織ってくれた感謝と申し訳なさ、夫を責めもせず立ち去った女房への思慕が去来する。
 この鶴女房の姿には、日本人が理想とする「お袋」の原型であり、その献身的に我々を
 支えてくれる母親への「申し訳なさ」ゆえに、母親の呪縛から逃れられない。
 (マゾヒスティック・コントロール)

・母娘の密着関係には強い愛憎をはらんだものになりやすいが、無理に離したり捨てさせたりしても
 必ず罪悪感という形で復讐される。この関係に絡め取られた娘たちは、母親を純粋に
 憎むことができない。何故なら母親との一体化が進み過ぎて、母親を否定することが
 自分自身を否定してしまうことになるからである。

・女性は独特の身体感覚を共有することで、互いに共感したり同一化することができるが、
 こういう共感は男性同士ではなかなか成立しにくい。女性は自分が女性の身体を
 持っていることだけを理由として連帯することが出来る。

・(よしながふみが三浦しおんとの対談で)
 男性の抑圧ポイントは一つなんですよ。「一人前になりなさい、女の人を養って家族を
 養っていけるちゃんとした立派な男の人になりなさい」っていう。だから男の人たちって
 みんなで固まって共闘できるんです。男は一つになれるんだけど、女の人が一つになれないって
 いうのは、一人ひとりが辛い部分っていうのがバラバラで違うんでお互いに共感できないところが
 あると思います。生物学的な差では絶対にない。

 (要するに「女性は一人ひとりが、本質的にマイノリティなのだ」ということ)

・男性の抑圧ポイントとは「多くの女を所有する立派なペニスであれ」という
 定言命令(無条件に従うべき命令)である。敢えて断言するが、ほとんどの「男性」は、
 この命令のもとで生きているといっても過言ではない。

・女性は身体を持っているが、彼女たちは自らの身体性に対して、どこかつねに
 居心地の悪さを感じている。

・男性おたくがキャラクター萌え優位であるとすれば、女性おたくは関係性萌え優位である。(中略)
 この対比を別の表現で言い換えるなら、男性おたくの「キャラクター萌え」は、キャラクターという
 フェティッシュを所有すること、すなわち「持つこと」が重視される。これに対し女性おたくにおける
 「関係性萌え」では、キャラクターや関係性に同一化すること、すなわち「なること」が重視される。

・母親は娘に、自分と同性であり男の子よりもか弱く従順な存在であるがゆえに、母親の支配を
 受け入れるべきであることを無意識に期待する。一方娘も、母親のそうした期待を十分に理解し、
 素直に支配を受け入れるだろう。こうしたことの一切は、母と娘が身体的に同一化しやすいことから
 起きている。

・女性性とはすなわち身体性のことにほかならず、(中略)女性とは、その生育過程を通じて
 女性的な身体を獲得するようにしつけられ、成熟してからももっぱら身体性への配慮によって、
 「女性らしく」あり続けようとする存在なのである。

 たとえば化粧もせず、身なりも気をつけようとしない女性に対して、われわれはつい
 「女らしくない」と感じたり、そう口にしたりもするだろう。しかしこの時点で、われわれは
 「女性性=身体性」という図式を全面的に受け入れたも同然なのだ。

・(母親による娘への)支配は、高圧的な命令によってではなく、表向きは献身的なまでの
 善意にもとづいてなされるため、支配に反抗する娘たちに罪悪感をもたらす。

・母娘関係を「自立」や「女の幸せ」といった「意味」で満たそうとするときにこそ、多くの
 困難が生じてくるとすれば、一度意味と手を切ることで開放されることこそが、開かれた
 母娘関係を作るのだ、ということになるのかもしれない。


父と息子の関係よりも強固で複雑な母娘関係を小説や漫画作品を例に出して
読み解いていく。

母親の善意は娘に申し訳なさを生み、それゆえ支配から逃れられない。
女性特有の身体性により母娘は同一化しやすいことがそれに拍車を掛ける。


母親の過干渉を逃れ正反対の生き方をしようとすればするほど、逆説的に
支配から解放されていないのだから、果たして解決策があるのだろうか。
死んだから終わり、というわけでもないし。


[ 2013/06/01 22:09 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)