本 斎藤環 『母は娘の人生を支配する―なぜ「母殺し」は難しいのか』




・母娘問題すべてに共通するのは、母親による娘の支配である。支配(コントロール)への
 欲望を持つものは常に母親であり、その欲望ゆえに様々な問題が起こる。

・母娘問題は、母親や女性への抑圧が低下したからこそ、出現した問題のように思われる。
 決して昔は存在しなかったのではなく、単に隠蔽されていただけで、近代化と共に
 抑圧が減ることで、もともと潜在していた葛藤がはっきり見えてきた。

・母と娘の権力関係は、共感と思いやりによる支配といった、はるかに複雑な様相を呈する。
 母は「あなたのためを思って」という大義名分で自分の願望と理想を押し付け、
 娘は母親の欲望を先取りするかのように、表面上は反発しつつ支配に逆らえない。

・「鶴女房(つるのおんがえし)」見るなの禁を破って機織りの姿を見られてしまったため、
 鶴女房は去って行く。夫の心には禁を破った罪悪感、傷つきながら自分のために機を
 織ってくれた感謝と申し訳なさ、夫を責めもせず立ち去った女房への思慕が去来する。
 この鶴女房の姿には、日本人が理想とする「お袋」の原型であり、その献身的に我々を
 支えてくれる母親への「申し訳なさ」ゆえに、母親の呪縛から逃れられない。
 (マゾヒスティック・コントロール)

・母娘の密着関係には強い愛憎をはらんだものになりやすいが、無理に離したり捨てさせたりしても
 必ず罪悪感という形で復讐される。この関係に絡め取られた娘たちは、母親を純粋に
 憎むことができない。何故なら母親との一体化が進み過ぎて、母親を否定することが
 自分自身を否定してしまうことになるからである。

・女性は独特の身体感覚を共有することで、互いに共感したり同一化することができるが、
 こういう共感は男性同士ではなかなか成立しにくい。女性は自分が女性の身体を
 持っていることだけを理由として連帯することが出来る。

・(よしながふみが三浦しおんとの対談で)
 男性の抑圧ポイントは一つなんですよ。「一人前になりなさい、女の人を養って家族を
 養っていけるちゃんとした立派な男の人になりなさい」っていう。だから男の人たちって
 みんなで固まって共闘できるんです。男は一つになれるんだけど、女の人が一つになれないって
 いうのは、一人ひとりが辛い部分っていうのがバラバラで違うんでお互いに共感できないところが
 あると思います。生物学的な差では絶対にない。

 (要するに「女性は一人ひとりが、本質的にマイノリティなのだ」ということ)

・男性の抑圧ポイントとは「多くの女を所有する立派なペニスであれ」という
 定言命令(無条件に従うべき命令)である。敢えて断言するが、ほとんどの「男性」は、
 この命令のもとで生きているといっても過言ではない。

・女性は身体を持っているが、彼女たちは自らの身体性に対して、どこかつねに
 居心地の悪さを感じている。

・男性おたくがキャラクター萌え優位であるとすれば、女性おたくは関係性萌え優位である。(中略)
 この対比を別の表現で言い換えるなら、男性おたくの「キャラクター萌え」は、キャラクターという
 フェティッシュを所有すること、すなわち「持つこと」が重視される。これに対し女性おたくにおける
 「関係性萌え」では、キャラクターや関係性に同一化すること、すなわち「なること」が重視される。

・母親は娘に、自分と同性であり男の子よりもか弱く従順な存在であるがゆえに、母親の支配を
 受け入れるべきであることを無意識に期待する。一方娘も、母親のそうした期待を十分に理解し、
 素直に支配を受け入れるだろう。こうしたことの一切は、母と娘が身体的に同一化しやすいことから
 起きている。

・女性性とはすなわち身体性のことにほかならず、(中略)女性とは、その生育過程を通じて
 女性的な身体を獲得するようにしつけられ、成熟してからももっぱら身体性への配慮によって、
 「女性らしく」あり続けようとする存在なのである。

 たとえば化粧もせず、身なりも気をつけようとしない女性に対して、われわれはつい
 「女らしくない」と感じたり、そう口にしたりもするだろう。しかしこの時点で、われわれは
 「女性性=身体性」という図式を全面的に受け入れたも同然なのだ。

・(母親による娘への)支配は、高圧的な命令によってではなく、表向きは献身的なまでの
 善意にもとづいてなされるため、支配に反抗する娘たちに罪悪感をもたらす。

・母娘関係を「自立」や「女の幸せ」といった「意味」で満たそうとするときにこそ、多くの
 困難が生じてくるとすれば、一度意味と手を切ることで開放されることこそが、開かれた
 母娘関係を作るのだ、ということになるのかもしれない。


父と息子の関係よりも強固で複雑な母娘関係を小説や漫画作品を例に出して
読み解いていく。

母親の善意は娘に申し訳なさを生み、それゆえ支配から逃れられない。
女性特有の身体性により母娘は同一化しやすいことがそれに拍車を掛ける。


母親の過干渉を逃れ正反対の生き方をしようとすればするほど、逆説的に
支配から解放されていないのだから、果たして解決策があるのだろうか。
死んだから終わり、というわけでもないし。


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[ 2013/06/01 22:09 ] 本・マンガ | TB(0) | CM(0)

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